ここ30年の間、デジタル技術は決済や金融サービスに大きな影響を及ぼしました。スマートフォンからの銀行口座へのアクセス、オンラインショッピング、即時送金が可能になり、またすぐに資金を手にすることもできるようになりました。こうした新しい消費習慣やさらなるグローバル化により、シームレスかつ安価なクロスボーダー決済の需要はますます高まっています。一方で、デジタル化と技術革新により、決済システムは特に効率があがり、手頃な価格で、より包括的なものになりました。
この金融革命の最前線において、即時決済システム(IPS)はエンドユーザーと規制当局の双方に大きな利益をもたらし、途上国から先進国まで世界中で導入が進み、デジタル経済を後押ししています。
クロスボーダー即時決済の課題
60カ国以上においてIPSが普及しているにもかかわらず、クロスボーダー即時決済はこの進展に追いついていないのが現状です。国境を越えて資金を移動することには、いまだに次のような課題があると考えられています。
- コルレス銀行への依存度が高い。コルレス銀行のサービスにおける競争は低下しており、世界のコルレス銀行の数は過去10年間で30%近く減少しています。
- 高価である。利益を得ている仲介業者が多くいるため、顧客が高い為替レートを支払わなければなりません。
- 処理にかなりの時間がかかることがあり、エンドユーザーや企業に好ましくない結果を招く。
- 異なるIPSシステム間の相互運用性が非常に低い。
- 資金へのアクセスの遅さや手数料の高さが、企業や移民労働者に影響を与えている。
クロスボーダー決済に向けた、期待のイニシアチブ
課題はありますが、前進も見られています。まず、G20は国際通貨基金(IMF)の支援のもと、クロスボーダー決済の改善を優先課題としており、以下のような有望なイニシアチブも始まっています。
- インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの中央銀行が協力してそれぞれのIPSシステムを接続し、高速決済の地域相互運用性を確立しています。このイニシアチブは、地域におけるクロスボーダー決済の取引コストの削減など、いくつかの重要な成果を達成することを目的としています。さらに、包括的な成長の促進、クロスボーダー取引、投資、金融の深化、送金、観光、その他の経済活動の円滑化など、より広範な目標を掲げています。加えて、この地域でより包括的な金融エコシステムを促進することを目指しています。
- このイニシアチブの実施により、特に零細企業、中小企業の国際市場へのシームレスな参加が可能となり、多くのメリットがもたらされることになります。シンガポール通貨庁が発表しているように、QRコードや即時送金技術の活用など、さまざまな方法で協力する予定です。
- アラブ通貨基金が主導するBunaは、アラブ地域の中央銀行を結ぶ即時決済のハブとして機能します。この相互運用可能なプラットフォームは、金融機関や中央銀行にとって、安全、かつ費用対効果が高く、リスク管理された透明性の高い取引を促進することを主な目的としています。現地通貨はもちろん、主要な国際通貨でのシームレスな送金・受取を可能にします。
- アラブ通貨基金の説明によると、このイニシアチブの設立は、アラブ地域内の経済・金融統合の機会を探り、強化する上で重要な役割を担っています。また、世界の貿易相手国との投資関係を強化し、より相互接続された豊かな経済状況の醸成に貢献することを目的としています。
- BISイノベーションハブによるプロジェクトNexusは、国を超えた高速決済システムの接続効率を高める集中型プラットフォームとして機能します。クロスボーダー決済のスピード、費用対効果、透明性、アクセシビリティを世界規模で大幅に向上させることを目指します。
相互運用可能なIPSプロジェクトが増え続ける中、複雑な技術統合や複数当事者による法的交渉など、様々な課題が発生しています。Nexusは、分散型ネットワーク上の複数のIPSの統合を多国間アプローチの標準化によって効率化することで、これらの課題に効果的に取り組んでいます。この統一されたフレームワークを採用することで、新たに異なる国との接続が確立されるたびに、統合作業を繰り返す必要がなくなります。これにより参加者全員がプロセスを簡略化し、効率化を図ることができるので、最終的にシームレスなクロスボーダー取引を促進することができるというわけです。
クロスボーダー決済向けのCBDC
中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、現在のクロスボーダー決済の課題を解決する期待のソリューションでもあり、相互運用性の高いクロスボーダーのCBDC実現に向けて、高いポテンシャルを持つ取組みが進行しています。IMFや世界銀行などがクロスボーダー決済向けのCBDCの必要性と利点を提言し、強調しています。
この方向で進んでいる具体的な取り組みとしては、以下のようなものがあります。
BOC-BOE-MASモデル
カナダ銀行、イングランド銀行、シンガポール通貨庁が共同でクロスボーダー決済の既存の課題を検討し、ホールセールCBDCを通じたクロスボーダー取引の処理について、より効率的なモデルを模索する報告書を発表しました。
本報告書では、エンドユーザー、商業銀行、中央銀行が抱える課題として、ネットワーク、中央銀行、商業銀行間のレガシーな決済インフラに関連する課題に加え、決済状況の透明性の欠如、結果の可視性と確実性、クロスボーダー決済サービスの利用制限、決済処理の長期化、通信銀行モデルに関する高いコストなどを挙げています。
本プロジェクトでは、クロスボーダー決済に関する3つの広範な概念設計オプションを提案しています。第一の選択肢は仲介者を利用するもので、第二と第三の選択肢は取引相手に中央銀行の負債へのアクセスを認めるものです。中央銀行の負債へのアクセスは、2つの異なる設計によって実現することができます。
- 1つ目の設計は、取引相手がネットワーク上の口座やウォレットに直接アクセスできるようにし、これにより金融機関が海外の中央銀行が発行する通貨を保有できるようにします。
- 2つ目の設計は、自国通貨を外貨ネットワークに流し、直接取引できるようにします。これは、多通貨決済システムとして捉えることができます。
プロジェクト Inthanon-Lionrock
タイ銀行と香港金融管理局による共同イニシアティブは、2国間のクロスボーダー決済にCBDCを適用することを検討しています。クロスボーダーコリドーネットワークのプロトタイプを開発し、香港とタイの参加銀行がピアツーピアで資金移動と外国為替(FX)取引を行うことで、決済レイヤーを削減します。
またスマートコントラクトを活用し、クロスボーダーでの資金移動のプロセスをリアルタイムに行えるように強化しました。プロジェクトは2019年12月に完了し、両国の参加銀行10行とともに、DLTベースの概念実証プロトタイプの開発に成功しています。両国の当局は、銀行やその他の関係者が参加するクロスボーダーでの資金移動の試験的なビジネスケースや他のプラットフォームとの接続を含め、関連分野におけるさらなる共同研究を進めることに合意しました。
プロジェクトAber
サウジアラビア中央銀行とアラブ首長国連邦中央銀行は、両国の商業銀行間のクロスボーダー決済に利用できるCBDCを構築するため、パイロットプロジェクトAberの開始を発表しました。そのイニシアチブは、分散型台帳などの技術を直接利用し、実際に応用する実験に加え、銀行間の送金時間やコストの削減を目的としたホールセールCBDC発行の実現可能性を調査、理解、評価するための概念実証を実施することを目的としています。
当初、デジタル通貨の共同事業は銀行機関に限定され、一般には公開されませんでした。サウジアラビアとUAEの6つの商業銀行が選ばれ、この通貨の開発に参加しました。2020年11月、2つの中央銀行がプロジェクトの進捗及び結果についての報告書を発表、DLTを利用した新しいソリューションにより、ノストロ口座を維持・照合することなく、商業銀行間でリアルタイムのクロスボーダー銀行間決済が可能になり、それがもたらすすべての利点が得られるという、プロジェクトの主目的を達成したことを認めています。
総括
このように現在進行中の取り組みの成果を認識することが重要です。有望なイニシアチブが、広範な相互運用性を実現し、コストの高さといった問題に対応する一方で、処理時間の遅さや資金へのアクセス制限などの課題を解決するには、金融機関のリーダーやテクノロジープロバイダーが国境を越えて協力し、総力を挙げて取り組む必要があります。
新たなテクノロジーを活用し、それらのテクノロジーとシームレスに統合するインフラを、2通貨レベル(国同士)、複数CBDCレベル(複数国のコンソーシアム)の両方で利用することで、真にグローバルで相互接続された決済エコシステムの基盤を構築することができます。これは、企業や金融機関に利益をもたらすだけでなく、世界中の移民労働者、零細・中小企業、そして個人が、より効果的にグローバル経済に参加することを実現するでしょう。